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『野草』第112号(2024年3月)

『野草』第112/2024331日発行/編集: 高橋俊·齊藤大紀

 

【論文】

   

段 書暁

野蛮と文明の狭間で
--清末科学小説における「野人」の表象

(1)

田中 雄大

新文学的空間のなかの郭沫若詩論
--『三葉集』を中心に

(26)

羽田 朝子

梅娘「蟹」と『華文大阪毎日』
--張資平「新紅A字」との同時連載をめぐって

(50)

【特集】

   

「夏合宿 
民国期の小説を読み直す」

小川主税・津守陽・鄭洲・趙偵宇・宋元祺・
冉念周・谷行博・阿部沙織・白井魁

(75)

『野草』第111号合評

呂輝菲・詩琦・方逸韻・楊霊琳・
永井秀美・新谷秀明・宋元祺・浦元里花

(117)

投稿規定

 

(裏表紙)

例会記録

 

(160)

会報目録

 

(162)

野草漫語

 

(165)

『野草』第111号(2023年9月)

『野草』第110号/2023年9月30日発行/編集: 城山拓也・小川主税

【論文】
史雨 張資平「約檀河之水」と外国文学―『蒲団』、『復活』との比較を中心に― (1)
応宜娉田漢における石川啄木受容―詩「はてしなき議論の後」をめぐって (26)
陳敏 革命という名のもとの「発展小説」―民国期小説における女工叙事と「金」― (50)
楊文溢 沈従文文学における空間表現―「雪」と『雪晴』作品群を通して (71)
阿部沙織 凌叔華「中華児女」の日本人表象を再考する―松岡洋右との交流を参照軸として (97)
王秋琳 『収穫』雑誌と先鋒派の作風転換―余華「夏季台風」、「呼喊与細雨」の作品生成を中心に (126)
李星雨 故郷へもどるか、漂流するか―舞鶴「悲傷」における「狂人」たちの行方 (147)
賈海涛 『繁花』初稿の誕生―「弄堂網」と投稿の前期段階を中心に―  (168)
『野草』第110号合評 牧陽一・林麗婷・宇野木洋 (195)
投稿規定 (裏表紙)
例会記録 (211)
会報目録 (212)
野草漫語 (214)

『野草』第110号(2023年3月)

『野草』第110号/2023年3月31日発行/編集: 和田知久・大東和重

『野草』110号目次
【論文】
帝国を移動する――癩者・青山純三の軌跡とその文学――星名宏修1
満洲国における「永遠なるもの」――爵青の「凍った園庭に降りて」と「楽土頌」を中心に――王晴24
木心の散文からみる唯美主義画学生への追悼――「戦後カーニバル」と「此岸のクリストフ」に描かれた1940年代後半を中心に陳雪47
研究案内
小谷一郎氏の業績を回顧する 中国人日本留学生文学研究の道しるべ大東和重72
小特集「名著再読 中国現代文学研究」85
趣旨説明・趙偵宇・賈海涛・藤野真子・津守陽・谷行博・宋新亜・趙敏・丁乙・方逸韻・楊文溢・宋元祺・陳雪・高尚・小川主税・藤田敦
『野草』109号合評松浦恆雄・羽田朝子・鳥谷まゆみ・斎藤敏康156
投稿規定(表紙裏)
例会記録175
会報目録176
野草漫語178

『野草』第109号(2022年9月)

『野草』第109号/2022年9月30日発行/編集: 張文菁・藤野真子

『野草』109号目次
【論文】
余秀華の揺らめく身体と詩──運命と抵抗のエクリチュール小笠原淳1
失われた哲学を求めて──爵青の「無文」時期の創作について──王晴28
”小さな野蛮”の文学──周作人の児童観形成における「反復説」の意義について汪憶菲53
時間とともに変化するテクスト 穆時英「謝医師的瘋症」と「白金的女体塑像」の比較
冉念周80
『野草』108号合評島由子/裵亮/江上幸子/城山拓也/新谷秀明/小川主税/中塚亮100
投稿規定(表紙裏)
例会記録126
会報目録127
野草漫語129

『野草』増刊号(2022年7月)

『野草』増刊号『中国20世紀自伝回想録解題集』(中国文芸研究会、2022年7月)

『野草』第108号(2022.03.31)

『野草』第108号/2022年3月31日発行/編集: 大野陽介・松浦恆雄

『野草』108号目次
【論文】
蝶の百態——蝶による詩史の試み——松浦 恆雄1
個人的なこと、詩的なこと、そして象徴的なこと——穆木天詩論の文学史的評価に対する再評価——田中 雄大26
強がる「彼女」の語りの陰に——沈従文の性暴力表象を読む——津守  陽49
飛翔し浮遊することば——張天翼「蜜蜂」および『大林と小林』論——福長  悠77
抗日戦争時期における巴金の戦死傷者の表象近藤 光雄102
西南聯合大学時期の汪曾祺——その文学教育及び文学創作を中心に梁  文君130
民国期における秧歌劇改革とその作劇術大野 陽介157
『野草』106・107号合評黄英哲/藤井得弘/津守陽/郭偉/高橋俊/中野知洋/杉村安幾子/菅原 慶乃181
投稿規定(表紙裏)
例会記録211
会報目録212
野草漫語214
『野草』第106・107号正誤表(裏表紙裏)

『野草』第106・107合併号(2021.09.30)

『野草』第106・107合併号 / 2021年9月30日発行 / 編集:好並晶・濱田麻矢
第106・107号目次
詩人雷石楡の詩精神 : 『沙漠の歌』『八年詩選集』を中心にして北岡 正子
電影方志への一歩 : ハルビン電影事情から白井 啓介
畸形の香港 : 1949年以前の香港文学評論と文化空間陳 國球,濱田 麻矢 [訳]
「鏡」の名のもとに : 清末科学小説から見る近代中国の想像力段 書暁
教授作家 : 西南聯合大学の沈従文今泉 秀人
中国文学研究会における岡崎俊夫と戦後の歩み高 磊
銭鍾書「中国詩与中国画」と「読『拉奥孔』」 : 20世紀中国の詩画比較論研究丁 乙
廃墟・家出・拓士 : 満洲国作家爵青の「青春冒涜之一、二、三」にみる都市青年王 晴
「中国青年」のアポリア : 張愛玲「年青的時候」における男子学生表象小川 主税
映画監督としての鈕承沢と2000年代以降の台湾商業映画の変遷阿部 範之
 神谷まり子「自動車に乗る女性 : 朱痩菊『新歇浦潮』に描かれる「自由」」 (105号合評)城山 拓也
張文菁「1950年代後半の台湾における通俗出版 : 通俗誌・香港・貸本屋」 (105号合評)星名 宏修
楊駿驍「『荒潮』と中国における「SF的リアリズム」」 (105号合評)及川 茜
呂輝菲「曼陀『滑稽小説 女学生旅行記』における女学生描写 : 明治日本の『滑稽女学生旅行』との比較を中心に」 (105号合評)日野杉 匡大

『野草』第105号(2020.10.30)【特集・近現代通俗小説】

『野草』第105号  / 2020年10月30日 / 発行編集:池田智恵

第105号目次【特集・近現代通俗小説】
特集にあたって池田 智恵
自動車に乗る女性――朱痩菊『新歇浦潮』に描かれる「自由」神谷 まり子
1950年代後半の台湾における通俗出版――通俗誌・香港・貸本屋張  文菁
『荒潮』と中国における「SF的リアリズム」楊 駿驍
【論文】
曼陀『滑稽小説 女学生旅行記』における女学生描写――明治日本の『滑稽女学生旅行』との比較を中心に呂 輝菲
初期創造社の翻訳観の誕生 郁達夫の旧制高校での留学経験をめぐって宋 新亜
巴金の作品に見る獄中の革命家における死の想像―ロシア文学との比較を手がかりに―近藤 光雄
女性文学史の困難――譚正璧『中国女性文学史』を例にして辜 知愚
施蟄存における「怪奇」的美意識の形成夏 麒
馮小剛が映し出す主旋律の外の記憶―『戦場のレクイエム』『唐山大地震』『一九四二』『芳華』をめぐって―阿部 範之
『野草』104号合評阿部沙織・鄭洲・宇野木洋
投稿規定(表紙裏) 例会記録 会報目録 野草漫語