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『野草』第109号(2022年9月)

『野草』第109号/2022年9月30日発行/編集: 張文菁・藤野真子

『野草』109号目次
【論文】
余秀華の揺らめく身体と詩──運命と抵抗のエクリチュール小笠原淳1
失われた哲学を求めて──爵青の「無文」時期の創作について──王晴28
”小さな野蛮”の文学──周作人の児童観形成における「反復説」の意義について汪憶菲53
時間とともに変化するテクスト 穆時英「謝医師的瘋症」と「白金的女体塑像」の比較
冉念周80
『野草』108号合評島由子/裵亮/江上幸子/城山拓也/新谷秀明/小川主税/中塚亮100
投稿規定(表紙裏)
例会記録126
会報目録127
野草漫語129

『野草』増刊号(2022年7月)

『野草』増刊号『中国20世紀自伝回想録解題集』(中国文芸研究会、2022年7月)

『野草』第108号(2022.03.31)

『野草』第108号/2022年3月31日発行/編集: 大野陽介・松浦恆雄

『野草』108号目次
【論文】
蝶の百態——蝶による詩史の試み——松浦 恆雄1
個人的なこと、詩的なこと、そして象徴的なこと——穆木天詩論の文学史的評価に対する再評価——田中 雄大26
強がる「彼女」の語りの陰に——沈従文の性暴力表象を読む——津守  陽49
飛翔し浮遊することば——張天翼「蜜蜂」および『大林と小林』論——福長  悠77
抗日戦争時期における巴金の戦死傷者の表象近藤 光雄102
西南聯合大学時期の汪曾祺——その文学教育及び文学創作を中心に梁  文君130
民国期における秧歌劇改革とその作劇術大野 陽介157
『野草』106・107号合評黄英哲/藤井得弘/津守陽/郭偉/高橋俊/中野知洋/杉村安幾子/菅原 慶乃181
投稿規定(表紙裏)
例会記録211
会報目録212
野草漫語214
『野草』第106・107号正誤表(裏表紙裏)

『野草』第106・107合併号(2021.09.30)

『野草』第106・107合併号 / 2021年9月30日発行 / 編集:好並晶・濱田麻矢
第106・107号目次
詩人雷石楡の詩精神 : 『沙漠の歌』『八年詩選集』を中心にして北岡 正子
電影方志への一歩 : ハルビン電影事情から白井 啓介
畸形の香港 : 1949年以前の香港文学評論と文化空間陳 國球,濱田 麻矢 [訳]
「鏡」の名のもとに : 清末科学小説から見る近代中国の想像力段 書暁
教授作家 : 西南聯合大学の沈従文今泉 秀人
中国文学研究会における岡崎俊夫と戦後の歩み高 磊
銭鍾書「中国詩与中国画」と「読『拉奥孔』」 : 20世紀中国の詩画比較論研究丁 乙
廃墟・家出・拓士 : 満洲国作家爵青の「青春冒涜之一、二、三」にみる都市青年王 晴
「中国青年」のアポリア : 張愛玲「年青的時候」における男子学生表象小川 主税
映画監督としての鈕承沢と2000年代以降の台湾商業映画の変遷阿部 範之
 神谷まり子「自動車に乗る女性 : 朱痩菊『新歇浦潮』に描かれる「自由」」 (105号合評)城山 拓也
張文菁「1950年代後半の台湾における通俗出版 : 通俗誌・香港・貸本屋」 (105号合評)星名 宏修
楊駿驍「『荒潮』と中国における「SF的リアリズム」」 (105号合評)及川 茜
呂輝菲「曼陀『滑稽小説 女学生旅行記』における女学生描写 : 明治日本の『滑稽女学生旅行』との比較を中心に」 (105号合評)日野杉 匡大

『野草』第105号(2020.10.30)【特集・近現代通俗小説】

『野草』第105号  / 2020年10月30日 / 発行編集:池田智恵

第105号目次【特集・近現代通俗小説】
特集にあたって池田 智恵
自動車に乗る女性――朱痩菊『新歇浦潮』に描かれる「自由」神谷 まり子
1950年代後半の台湾における通俗出版――通俗誌・香港・貸本屋張  文菁
『荒潮』と中国における「SF的リアリズム」楊 駿驍
【論文】
曼陀『滑稽小説 女学生旅行記』における女学生描写――明治日本の『滑稽女学生旅行』との比較を中心に呂 輝菲
初期創造社の翻訳観の誕生 郁達夫の旧制高校での留学経験をめぐって宋 新亜
巴金の作品に見る獄中の革命家における死の想像―ロシア文学との比較を手がかりに―近藤 光雄
女性文学史の困難――譚正璧『中国女性文学史』を例にして辜 知愚
施蟄存における「怪奇」的美意識の形成夏 麒
馮小剛が映し出す主旋律の外の記憶―『戦場のレクイエム』『唐山大地震』『一九四二』『芳華』をめぐって―阿部 範之
『野草』104号合評阿部沙織・鄭洲・宇野木洋
投稿規定(表紙裏) 例会記録 会報目録 野草漫語